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ホリエモンのさばらせた小泉改革に終止符を/石塚直人

はじめに

二月のある日、午前五時半すぎに道端を清掃する熟年女性を三人見かけた。こちらは旅行先から夜行バスと始発電車を乗り継いで、自宅近くの駅に着いたばかり。まだ暗く、空気も冷え切った中、彼女らは街灯を頼りに無言でほうきを動かしていた。見ていて心が温かくなった。

ふだん着にエプロンがけの姿からは、地元の婦人会員と思われた。ただ、それにしてもなぜこの時刻なのか。誰も見ていないのに。しかも一人ではなく三人で。毎日のことなのか、たまたま初めてやったことなのか。

一〇年前の自分なら、相手を呼び止め、「記事にしたいので」とあれこれ質問しただろう。でも、この日は黙って通り過ぎた。記事をプレゼントできる訳でもなく、どう話しかけていいかも分からなかったからだ。善行をたたえ、ねぎらいたいのだが、「ご立派ですね」では冷やかしみたいで、かえって恥ずかしい。

歩きながら、全く別の人物が頭に浮かんだ。証券取引法違反容疑で逮捕、収監された(一月二三日)堀江貴文容疑者のことである。

ついこの間まで彼らを持ち上げてきた多くのメディアが、手のひらを返したようにパッシングに転じたのは、いつもながら情けない。仮に堀江商法の虚妄性を見抜いていたのなら、なぜもっと早く真正面から批判しなかったのか。評論家の内橋克人さんら、私の信頼する論者のコメントがこの問題で紙上に大きく出たのは、逮捕の後だった。

時代のせいにするのではなく

「金で買えないものはない」などの傲慢な放言(本人にとっては本音だろうが)に、道徳的な反発を感じた人は決して少なくない。ただ、私の周囲の何人かを含め、かなりの人が「それが今の時代。仕方ない」との理屈であきらめた。小泉政権の「改革」がそれを加速した。政権のウソをそのまま国民に信じさせてしまったメディアの責任も大きい。

いったい、この社会はだれの手で、何によって支えられているのか。パソコンと電話を操作するだけで何億円もの金を動かす人が偉く、だれにも知られずに公道をほうきではく人はそうでない。などとは断じて言わせまい。堀江容疑者と同じ動機で、同じことをやってきた連中を許すまい。

そして、彼らをのさばらせた政権に早く終止符を打つこと。それができるかどうかが、この国の明日を決める。

(2006/09/29)



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