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リレーエッセイ:介護のお仕事〜鈴木勉

今年もまた、どうでもいいようなお話で紙面の一部を埋めさせて頂きます。 さて今回も、僕の身辺の話。

僕の筋力はだいぶ落ちてきて、電動車椅子の運転にも支障をきたしてきた。その分、嫁はんが僕を抱える時の負担も大きくなってきている。やっぱり夫婦二人足して百歳近くにもなると仕方ないかなぁ。それで介護者のいない時などは息子が僕を抱えることが増えてきた。昔は、できるだけ息子達に僕の介護はさせないつもりでやってきたのだけれど…。

というのも、二次障がいが進んで動けなくなった頃、「おしっこしたい」と言ったら、三歳くらいだった次男が尿瓶を持ってトコトコ来てくれた。それを見たら、なんやかわいそうな気がして。「障がい者の子ども」に生まれたばっかりに…。最近、歳のせいか涙もろくなって、思い出すだけでポロッと…。

その次男は高校二年。身長なんか僕よりずっと高い。僕を軽々と抱えられると、なんだかなぁ。頼もしくもありうれしいようなハラ立つような…。

彼の学校は早い時期に進路を決めさせる方針で、一年の時に自分で介護職に就くと決めた。親はびっくり。「大変やで、しんどいで、いいんか?」って聞いたら「他の仕事って何するんかわからんし。介護やったら、なんとなくわかるし。別にイヤじゃないしな。」フムフム。

まあ、妙に理想に燃えたりしてないとこが、ええかもな。現実とのギャップに幻滅して挫折したりしないやろうしな。とか思いながら、結構うれしかったりもする。親馬鹿やなぁ。

福祉関係の授業が始まって「体に負担のかからない介護のしかた」なんていうのを習ってきては、「こうやったら力入れんでもできんねん」とかなんとかわかったような説明を。

ここは福祉を専攻すると卒業までにヘルパー二級を修得させる。卒業したら専門学校に行って介護福祉士の資格を取るという。障がい者の子どもとして生まれ育ったとはいえ、、ある程度わかっているのは僕の障がいのことと、三年間一緒にいた認知症のばあちゃんのことだけで、他の障がい者のことはほとんど知らない。家族介護とプロの介護者としての介護は、そこが違う。介護者としてやっていくには、いろいろな人の介護ができなければいけない。

障がい者にせよ高齢者にせよ、一人一人障がいの種類も重さも違う。学校で学ぶことも必要だろうが、最終的には経験するより他はない。事業所や自分の都合よりも、介護を受ける当事者の気持ちや家族の気持ちを大事にする介護者になってくれたら、何よりもうれしいなぁ。

政治の行方は…

この通信がみなさんのお手元に届く頃、政治はどうなっているだろう。まだ桝添要一が厚生労働大臣を続けているのだろうか?「介護のエキスパート」とか言われていたが、果たして「どんだけ〜」のモンなのか。 官僚の言いなりにならないところは多少は期待してみたい。その上で、なにがしか家族介護の経験があるのなら、それを生かして、福祉行政も少しは良くならんもんかなぁと思うのは甘すぎるかなぁ〜。

(2008/01/10)



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